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東京高等裁判所 昭和26年(う)1110号 判決 1952年4月15日

控訴人 被告人 竹川敏雄 奥山彌助

弁護人 古屋貞雄

検察官 北村彌之助関与

主文

本件各控訴は孰れもこれを棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、末尾添附別紙(弁護人古屋貞雄作成名義の控訴趣意書と題する書面)記載のとおりであるが、これに対し当裁判所は左のとおり判断をする。

成程原判決挙示の証拠によるときは、原判示売渡にかかる大麦がその売渡契約当時未だ立毛の状態にあつたものであることは洵に所論のとおりであるが、該大麦は右売渡当時原判示生産者において既にその生産過程を終了し今後の収穫を待つばかりになつていたもので、現に原判示買受人たる被告人竹川敏雄はその買受契約をした日から僅か二旬を経過した翌七月初旬該大麦を刈取り且つ脱穀を了した事実も前同証拠により明白であるから、原判決が認定した米麦の売渡は単なる売買を契約しただけでなく、現実にその引渡しが行われたものであり、また、右大麦はその売買契約当時未だ収穫を終つていなかつたとしても、それが既に成熟して何時でも収穫に適する状態にあつたものである以上、これが売買は実質的には収穫後の大麦の売渡と異るところがなく、被告人等の右所為はこれを法に所謂米麦の売渡、買受に当るものと解すべきを相当とし、また斯く解してこそ、食糧管理法が国民食糧を厳重な統制下に置き、その確保や需給の調整を図る上から政府以外の者に米麦の売渡を禁ずる趣旨にも副うものありということができる。なお、判示一万六千円は右大麦の代金として授受せられたことも右証拠に徴し明らかである。従つて、原審が原判示証拠により判示米麦の売渡及び買受の事実を認定し、これに対し原判示各法条をそれぞれ適用して処断したことは正当であつて、原審には審理を尽さない違法若しくは事実誤認乃至法の適用を誤まつた過誤はない。而して記録を精査して考察するも、本件犯罪の動機、態様に照らし、原判決の科刑は相当であつて、敢てこれを重きにすぎるとして原判決を破棄する程度の事由の存するあるを認めない。論旨はすべて理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条に則り主文のとおり判決をする。

(裁判長判事 小中公毅 判事 渡辺辰吉 判事 河原徳治)

控訴趣意

一、原審に於ては大麦の立毛の売買を食糧管理法にいう大麦の売買なりと断じ同法違反なりと漫然判定し有罪の判決を云ひ渡したが成熟しない立毛は立毛であつて大麦と同一視すべきものではない。後日成熟する事に依り而も麦稈より分離せられたものが大麦である故に成熟せない立毛は大麦と断ずべきではない故に原審判決は不当である。

二、原審に於ては立毛を漫然大麦なりと判定したので食糧管理法に云う大麦は麦稈より分離せられたものかそれとも立毛を麦と称するのか何れか判断に苦しむが麦稈より分離せられた粒を大麦と断ずる趣旨なりとせば麦稈をも含む立毛其のものの代金が金一万六千円であるので原審の判決は事実に反し不当であるのみならず審理不尽である。

三、要之食糧管理法は特別法であつて食糧が増産せられその配給量が確保せらるるに於ては当然廃止せらるべきものである故に同法の運用に付ては食糧増産に関する手段等に付ては諸条件が具備せなければならないが就中農民の増産意欲を旺盛ならしむる事が絶対必要条件である故に法規の末節に拘泥して農民の増産意欲を阻止するが如きは厳に警戒せなければならない。

本件は記録により明かの通り被告等の間に売買された立毛は被告居村の部落民の共同試作地より生産されたものであり従つて供出の対照物ではない。右収穫は毎年本件の如き方法に依り換価せられ其の代金を以て主食の増産に資する手段として慣行せられて来たもので被告等はその慣行に従ひ本件行為に出たものである。故に普通行はれた立毛売買とも又麦の売買ともその動機目的を異にするものである。仮に百歩を譲り該物件を大麦なりと断ずるに於ても原審の科刑は著しく重きに失する。

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